文化的(になりたい) 日記

映画小説漫画の備忘録。偏見100%です。

カラーで視るシザーハンズ

 

 

 

ティムバートンとジョニーデップの伝説的なタッグの処女作である、シザーハンズ

 

ようやくみました。

 

アマゾンプライムビデオ最高

 

 

 

 

 

 

 

というわけで早速考察。

 

 

  シザーハンズは、ティムバートンだけあって色彩関係に着目してみたら様々な対比やメッセージ性を内包している作品だった。

 

順を追って考察していく。

 

 

まず最初のシーンである、主人公エドワードの城にやってくるペグから

 

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画像を見てわかる通り、モノクロの城にペグのピンクの服が際立っている。

このことから、モノクロで味気ないエドワードの世界に、ペグという存在が入り込んでくる、またその存在の異質さ、非日常さが見てとれる。

  

次に、街並みをペグとエドワードが車で過ぎていくシーン 

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画像は一部だが、数々の家の全てが淡い黄色や黄緑、ピンクのパステルカラーで構成されている。街の人々も同じで、皆それぞれが色を身にまとっていて、これは街の人々は自分の意思(カラー) を持って人生を生きているということを表しているといえる。

 

対照的に、エドワードは完全に白と黒。

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エドワードの服装、彩色については様々な意味があると推測されるが、あくまで街の人々との対比でいうと、エドワードは色(意思) を持たない存在であることが伺える。

 

この色の対比は、ヒロインであるキムを演ずるウェノナライダーが自毛である黒髪を金に染めていることからも、ティムバートンが徹底して求めていたことだろう。

 

 

ここで主人公のエドワードについて考える。

 

先程も述べた通り、エドワードという人間(?) は全てが白と黒で構成されている。

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つまり、白という何色にでも染まる純粋さと、黒という何色にも染まらない孤独さという相反するカラーを併せ持つエドワードは、関わる人間によってその意味が左右されてしまう危険な存在であることを意味している。

 

え、ガチな考察、ムズッ!

 続きはあとで